何かを共有する仕組みを考えるとき、
よく出てくるのが「評価」という要素です。
★の数、いいね、レビューコメント。
どれも分かりやすくて、使われやすい。
でも最近、
評価ではなく、事実を集める仕組みのほうが合う場面もあるのではないか
と考えるようになりました。
評価は便利だけど、前提が重い
評価が機能するためには、
いくつかの前提があります。
- 使った人が評価する
- 評価する気力がある
- 評価基準が人によって大きくズレない
これらが揃って、はじめて意味を持つ。
でも、
自動販売機やトイレ、AEDの場所のような情報では、
この前提が少し重い気がしています。
本当に知りたいのは「どうだったか」より「あるかどうか」
たとえば、
- 自動販売機が「おいしいか」
- トイレが「きれいか」
こうした評価も参考にはなります。
ただ、
今その場所で知りたいのは、
- そこに存在するか
- 使える状態か
- 最近まで確認されているか
といった、
事実に近い情報だったりします。
評価は意見、事実は状態
評価はどうしても、
その人の感じ方や期待値が混ざります。
一方で事実は、
- ここにある
- この位置に設置されている
- この日時には確認されている
という、
状態の共有に近い。
どちらが正しいという話ではなく、
用途が違うだけだと思っています。
評価が入ると、投稿のハードルが上がる
評価を書くとなると、
- ちゃんと使わないといけない
- 感想を考えないといけない
- 他の人の評価と比べてしまう
こうした心理的な負担が生まれます。
事実だけなら、
- 見かけた
- 通った
- 写真を撮った
それだけで投稿できる。
この差は、
参加人数にかなり影響しそうです。
情報の鮮度を保ちたい
場所情報で一番困るのは、
古いまま残っていることです。
評価中心だと、
- 一度評価されたら終わり
- 更新されにくい
という状態になりがち。
事実ベースなら、
- 最近確認された
- しばらく更新がない
という情報自体が、
判断材料になります。
まだ考えている途中
もちろん、
- 評価が全く不要か
- 本当に事実だけで足りるか
ここはまだ分かりません。
可能性として、
最初は事実だけ集めて、
後から別の要素を足す、
という形も考えられます。
このアイデアメモについて
これは、
サービス設計の結論ではありません。
ただ、
「評価を入れるのが当たり前」という前提に、
少し立ち止まってみた記録です。
今は、
事実を静かに積み重ねる仕組みのほうが、
合っている気がしています。


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